ショッカーの午後

ショッカーの憂鬱 その19 伽風亭米十

緊急合同捜査会議は、課長に続き部長が入室すると、事件の概要説明から始まり、各所轄の区割り決定まで2時間ほどで終了しました。各所轄や警視庁の捜査員は三々五々散っていきましたが、同じように会議室を出ようとした凶嫁舞信玄と星野スミレは、課長の広末達之に呼び止められました。

「ああ、後で私のオフィスに来てくれ。」

課長職ともなると、課のデスク以外に別室にオフィスを持っていました。普段はあまり使われることもないのですが、課員の噂によれば懲罰を申し渡すときには好んでオフィスを使うといわれており、星野スミレと凶嫁舞信玄は顔を見合わせました。

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「やばいなあ。きっと容疑者逃亡の1件だよ。」

「え、やっぱりそう思う? 減俸かしら。」

「いやあ、減俸じゃあ済まないよ、悪くすりゃ降格か免職か…。」

オフィスのソファーに腰掛けた二人は、ため息をつくとがっくり首をうな垂れました。

「おいおい、元気がないな、もっとしゃんとしろよ。」

唐突に課長広末達之がオフィスに入ってきました。慌てて立ち上がって敬礼をする二人を制して、広末達之はテーブルを挟んだ反対側に座ります。

「あのう、やっぱり容疑者逃亡の件でしょうか…。」

星野スミレが口を開くと、広末達之は笑い飛ばしました。

「はっはっはっ。星野君、大活躍だったらしいからな。勲一等でも申請しようか。」

星野スミレはぶすっとした顔をすると、横を向いてしまいました。

「いや、これは失敬。ま、今日の件は気にするな。とくにお咎めはないはずだ。それより、お前達には別命がある。捜査本部には協力しなくていいから、こっちの捜査を中心にやってくれ。」

「それって、体のいいクビってことですか。」

「ふはは、馬鹿を言うな。クビになってるようなものなのは、捜査本部の連中だ。どうせ奴等には犯人逮捕なんて、できっこない。」

ここで広末達之は煙草に火をつけると言葉を区切り、二人の顔を見ました。

「お前達、今回の一連の事件をどう思う。」

「どうって、そうですね。一見緻密な犯罪に見えて、その割には行き当たりばったりのような…。」

凶嫁舞信玄が答えました。

「星野君はどう思う。」

「うーん。」

星野スミレは考え込んでしまったようでした。実際にその現場に居合わせなかった凶嫁舞信玄と違い、雪崩を打って襲ってくる猫や黒豹や、突然姿を現わす女性を見た後では、なんとも現実離れした事件としか言いようがなく、また、そんなオカルトじみたことを言い出すのがためらわれたからです。

「なんて言ったらいいのか…、自分にはよく分かりません。」

「…そうか。先刻の捜査会議では、本件の捜査対象として、過激派や外国勢力、狂信的集団も対象に揚げた。凶嫁舞は薄々感づいているだろうが、そんなところに真犯人はいない。会議では名前すら出さなかったテロ集団こそ、追いつめるべき敵なのだ。しかし、この件は今はまだ公にはできない。敵を本丸まで追いつめることが第一だ。堀を埋め、石垣を崩し、逃げ道を塞いだ後、一気に壊滅せしめん。これが清野課長と私の一致した意見だ。いわば、捜査本部は目くらまし。我々が真の追撃部隊ということだ。それでお前達の仕事だけどな…。」

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広末達之のオフィスを出た二人は、自分のデスクに戻るまで終始無言でした。それは、広末達之の語った内容よりも、実際の仕事に落胆したせいでもありました。結局二人に与えられた仕事は、有賀イオットの身辺調査だったからです。

「なんだかんだ言ってさ、とどのつまり俺達干されたってことだよなあ。」

日報を書いていた手を止めると、凶嫁舞進言は隣の席の星野スミレに話しかけました。彼女はe-Mateで、出金伝票の記入をしていましたが、肩をすくめただけで、返事をしません。

「なぁにが、テン・ファイルだよなぁ。空のファイル渡して、『そこを君たちの手で埋めろ』だって。カッコつけやがって。しかも、表紙にはご丁寧にX-FILEだってやがんの。エックス・ファイルってテレビの見過ぎじゃねーかってったら、『エックスじゃない。ローマ数字の10、テンだ』ってぬかしやがる。俺たちゃ、モルダーでも、スカリーでも、ジョブズでもねぇっての。」

e-Mateの蓋を閉めた星野スミレは、まだ額に貼ってあった湿布を剥がすと、凶嫁舞信玄に微笑みかけました。

「ま、私はクビにならなかっただけでも、マシだと思ってる。巻き添え食った凶嫁舞には悪いけど。それに、本当にスカリーみたいな目には会ってるしね。」

「ふふん。まあ、腐れ縁だと思って、あきらめてるよ。真っ直ぐ帰るのかい?軽く一杯どう?」

「今夜は、よすわ。色々あったし。それじゃ、また明日。」

「ああ、おつかれさん。」

凶嫁舞信玄は、星野スミレの後ろ姿に昼間見た彼女の白い尻をだぶらせ、にやりとしましたが、大きく伸びをすると天井を見上げ、ため息をひとつ漏らしました。

彼が彼女と知り合ったのは、京大犯罪心理学ゼミです。スタイルもよく、明るく活発な感じで、凶嫁舞信玄は一目で恋に落ちました。しかし、どうしても打ち明けられず、彼女が警視庁へ行くというのを聞いて、内定していた地元新聞社を蹴って後を追ったほどでした。共に、警視庁では公安情報部に配属され、実は当時情報部2課長だった広末達之が同じ京大ゼミの教授の教え子であったが故なのですが、凶嫁舞信玄は運命ともいえる再開に心躍らせたものでした。その後、公安情報部が独立することになった時、課長共々、公安庁強行2課へ転勤となったのです。しかし、警視庁時代も公安庁へ移ってからも、彼女のガードは妙に固く、凶嫁舞信玄としても、断られる不安から恋心を打ち明けるまでには至っていなかったのです。ようやく最近、帰りがけに一杯つきあったり、バイクのタンデムシートに乗ってくれるようにはなりましたが、一線を越えるには、まだまだ時間がかかりそうな雲行きでした。

ちなみに、凶嫁舞信玄も星野スミレも階級は共に警部補ですが、警部補としての経験は星野スミレが一年先輩ですので、職能的には彼女の方が上司ということになります。

凶嫁舞信玄、バイクとマッキントッシュをこよなく愛す好青年ではありますが、悶々とした青春を送っているようではありました。

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都庁裏手の公安庁本部ビルから新宿駅をぬけ、明治通りから表参道、青山通り表参道交差点を直進、南青山の青南小の手前を左折。白い6階建てのマンションの地下駐車場に、ポルシェ・ボクスターを上手に滑り込ませると、星野スミレは大きくため息をつきました。警視庁時代は地下鉄千代田線で通勤していましたが、新宿へ転勤となった際に、駐車場が確保できたこともあって、クルマがあれば何かと便利と、中古車を物色していたところ、どこで嗅ぎ付けたのか父親が送ってよこしたクルマがポルシェでした。

彼女の父親は、京都伏見の星野財閥16代当主、星野一徹、彼女はその一人娘です。本来ならば、財界あたりから婿養子を迎え、跡取りと為すべきところなのですが、彼女はそういう生き方に反発し、大学卒業とともに、勘当同然で東京へやって来たのでした。とは言っても、父親にしてみれば、目に入れても痛くない大事な娘です。勘当などと口では言っても、とかく何かと世話を焼きたがり、彼女としても、変に断って父親を怒らせれば、実家に強引に連れ戻されるのは火を見るより明らかでしたから、黙って受け入れるより他はなかったのでした。

浴室の鏡の前で、慎重に鼻の頭のバンソウコウを剥がすと、傷はほぼ乾いて少し筋がひいたようになっているだけでしたが、それよりも、左目の痣はいかんともしがたく、まるでパンダのように黒々と跡を残していました。

「有賀イオット、やってくれるわね。」

星野スミレは鏡に向かって呟きました。

こんなことが親父殿に知れたら、一大事よね。顔に傷を残すとは何事かッ、なんて具合で怒鳴りまくるんだろうなぁ。やれやれ、敵は容疑者にあらず、伏見にあり、だわ。

彼女は、実家について多くを語らないので、詳しく知ってるのは、庁内でも直属課長と部長それに、父親が手を回した長官あたりだけです。凶嫁舞信玄など、実家の住所すら知らない有り様でした。

凶嫁舞かぁ…。

彼女はシャワーを浴びるとバスローブに着替え、ミネラルウォーターのボトルを持ち、ソファーに座りました。窓からは、東京湾の方向に東京タワーがちらちらと輝いて見えました。

凶嫁舞信玄が、彼女を好いてくれているらしいことは、薄々感づいています。けれども、彼女としては凶嫁舞信玄を恋愛の対象として考えたことはありませんでした。と、いうよりも、恋愛そのものに興味がなかったのか、もしくは異性に対して興味がなかったというべきかもしれません。さりながら、全くのおぼこ娘だったのかといえば、そうでもない様子。ミニスカートから、さりげなく大腿部を覗かせたり、胸の谷間をことさらに強調して見せたりということには、抵抗感はなく、むしろ挑発を楽しんでいるといった感さえありました。もっとも、男性に対しては、デリカシーのない武骨物といったイメージにとらわれていたようで、また肉体的にもおぞましい怪物と感じていたらしく、男性の裸などには極端に反応することが間々ありました。

そのおぞましい怪物に、自らの肢体を全て曝け出すとなると、考えただけでも身震いします。ところが今日は、こともあろうに、それも数人の男性の視線に、彼女の肉体をあますところなく、晒す羽目になってしまったのです。

素裸で、大の字にされるなんて…。

星野スミレは、くやしさのあまり、ミネラルウォーターの瓶を握りつぶしてしまいました。

有賀イオット、絶対追いつめてやる、覚えていろッ。

その晩、東京地方は久々に涼しい夜を迎えていましたが、彼女は、脳裏に裸で笑うイオットの姿がこびりついて、なかなか眠りにつくことができませんでした。

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「いやあ、すまん、すまん。」

帰り支度をしていた広末達之のオフィスに、清野六朗が入ってきました。

「清野課長、また何かありましたか?」

「いやいや、そうじゃない。君の部下の女の子、ほら何ていったっけかな…。」

「星野ですか。」

「そうそう、星野警部補。彼女のクビを撤回してもらえたそうで、なによりだったよ。」

「クビかどうか決めるのは、私じゃなくて、長官ですからね。」

「いやいや、長官から聞いたよ。君に説得させられたって。」

「そりゃ、あれだけ清野さんから、お願いされれば、断れませんよ。」

公安庁上層部では、臨時聴聞会を開いて、星野スミレを更迭しようという話が出ていたのですが、それを聞きつけた清野六朗が、なぜか思いとどまるよう広末達之に懇願するので、父親のこともあるし、いい機会だから依願退職の形でやめさせようと思っていた広末達之でしたが、あまりに清野六朗が熱心なので、長官に申し入れしたのでした。結局上層部も、誰が対応しても同じ結果であったろうし、何も彼女をスケープゴートにすることもあるまいと、捜査本部を外すという条件で、今回は不問に附すことになったのでありました。

「いやいや、何にせよ、よかったぁ、ほんとに。」

「清野さん、まま、顔を上げてくださいよ。それにしても、だいぶうちの星野にご執心ですが、何か、弱みでも握られてるんですか?」

広末達之の問いに、清野六朗はぎくっとしました。まさか、昼間の情事を見られたとも言えません。

清野六朗、東北は仙台市郊外の代々警察官僚の家庭に生まれ、六朗もごく自然に東大へ入学しましたが、なんの因果かロックに目覚め、在学中にメジャーからCDを4枚も出したことのあるほどで、プロのミュージシャンか警察官僚かでさんざん悩みましたが、親には逆らえず警視庁に入庁したという異色の経歴の持ち主でした。ビジュアル系の走りとかで、すらっとした長身のハンサムな顔立ちは、婦人警官の憧れの対象でもありました。しかし、庁内でも1、2の実力者とまで言われながら、上層部に受けが悪いのも、その好色さからでした。聞くところによれば、浮いた話は数知れず、早撃ち0.3秒の男と言われるほどでした。ところが、その割りにはえらい恐妻家で、女房にまったく頭を押さえられてしまっているのは、庁内でも有名な話でした。

どうせ、おおかた、何処かの婦人警官との情事でも見られたんだろ。

広末達之の想像は図星でしたが、彼には心配もありました。

まさか、星野のやつ、この男とつきあってるんじゃないだろうなぁ。それだけは、早晩あきらめさせないとな。

清野六朗は暑くも無いのに額の汗を拭きながら、

「…弱みなぞ、はははは。いや、あれだけしっかりした女性だ。こんなことで辞めさせてはと思ってね…。」

「そうですか、そう言っていただけると光栄です。時に、清野課長、奥さん元気ですか。」

今度は、女房のことを聞かれて、ますます汗を拭うのが忙しくなったようでした。

「…いや、ああ、元気だよ。うむ、そうだ広末君、今度うちへ来たまえ。家内も会いたがっていたし…。」

「ええ、ぜひお伺いします。」

「…ああ、そ、それじゃ、…な…。」

勢いよく入ってきた清野六朗でしたが、出て行く時は汗を拭きながら、ほうほうの体でありました。

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ところで、氷魚武吉に化けた戦闘員勝義でしたが、ようやく捜査会議から解放され、一目散に公安庁を飛び出すと、着替えも忘れて会社の寮がある小岩へ辿り着いていました。小岩の駅で、ドッグファザーへ電話を入れ、カメレオンナが逃亡したこと、捜査本部ではショッカーの名前は出てこなかったことなど、詳しく報告し、他に仕事がないか確認すると別命もないとのことなので、社にはもどらない旨伝え電話を切りました。時計は10時を回っていたので、寮に戻っても食事できないと考え、コンビニを探しているとオレンジ色の看板の牛丼屋が目に入りました。日頃外食などしたことがないのですが、今日は出張費として千円余計にもらっていたのを思い出し、それを使うことにしました。

カウンターの一番奥に目立たないよう腰かけ、大盛りと玉子を頼みました。お茶をすすりながら、店内を見回すと、サラリーマンやらおかしな格好をした若者が無言で丼飯を食べています。勝義の前に大盛りと玉子が置かれ、さあ食べようと割り箸を取ったとき、傍らで大声が上がりました。

「なんだとおッ、この爺いッ。」

見れば、やくざ風の若者が老人の襟首を掴んで殴りかかろうとしています。

「おや、この年寄りをどうするつもりじゃ。」

老人もへらず口を叩きます。勝義は見てみぬふりしようと思いましたが、他の客の視線が勝義に集まっています。え、なんで?と勝義は思いましたが、はたと気づきました。勝義は、まだ警察官の制服を着ていたのです。仕方なく、勝義は立ち上がり、老人を掴んでいる男の肩を叩きました。

「きみ、きみ、どうかしましたか?」

「なにをッ、ひっこんでろッ。」

勢い良く振り向いた男は、肩を叩いたのが警察官だと分かると、少々怯んだようでした。

「なんだったら、署の方で話を伺いましょうか。」

勝義はテレビで見たような警察官の真似をします。

「…あ、いいぇ、おまわりさん、なんでもねぇんで、この爺い、いやご老人にちょっと人生を教わっていただけでして、いや、もうでぇじょぶですから、そ、それじゃぁッ。」

やくざ風の若者は代金を払うと、慌てて店を出ていきました。好奇の目を向けている他の客に、勝義はなんとなく、敬礼してみせると、またカウンターの奥に戻って、途中になっていた牛丼の続きを楽しもうとしました。その勝義の隣に先刻の老人が座りました。

「まったく最近の若者は…。」

ぶつぶつ呟いています。関わりあいになると面倒なので、知らんぷりをしていましたが、年寄りは勝手に話を続けます。

「わしはな、浅草で襤褸アパートの大家をやっているんじゃが、最近は軟弱なヤツばかりでいかん。やれ、エアコンがほしいだの、シャワーがなけりゃだの、まったく嘆かわしいかぎりじゃ。今日は小岩の馴染みの床屋に来たんじゃが、頭ピンクにしたり緑色にしたりとおかしなヤツらばかりじゃ。ふんとに、この国ぁ滅びますぞ。」

ほったらかしてからまれても仕方ないので、勝義は生返事で相づちを打ちました。

「お前さん、警察官にしても、なかなか見どころのあるお方じゃ。何ぞ、困ったことがありもうしたら、ワシのところへ来なさい。浅草の伽風亭米十を尋ねてきなッしゃれ。」

そう言うと、老人は勝義に名刺を渡し、去っていきました。時代劇みたいな、おかしな爺さんもいたもんだな、名刺をポケットにしまうと、勝義は牛丼のお替わりを頼みました。

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地獄大使はドッグファザーから報告を聞くと、有頂天になって喜びました。警察庁長官襲撃作戦以降、ごたごた続きで取締役会でも非難されそう状況でしたが、カメレオンナは公安庁から逃走、捜査対象にショッカーのショの字も出てこないとなれば、これは大成功ともいえる状況です。早速、地獄大使は首領に報告に行きました。

首領は自室で死神博士と酒を酌み交わしながら、くつろいでいました。

「首領、うまく行きました。我が作戦はほぼ成功です。」

地獄大使は得意になって首領に状況を報告しました。首領からは、さぞお褒めの言葉でもあろうかと思って期待していたのですが、あにはからんや、何の言葉もありません。代わって死神博士が答えました。

「そうか、ご苦労であったな、地獄大使。次の指令があるまで休むがよかろう。」

なんで死神博士が、と一瞬地獄大使はむっとしましたが、彼よりも死神博士の方が役職は上です。慇懃に礼を述べると、そそくさと退室しました。

地獄大使は、遅れてきた全共闘世代で時流に乗りきれず、ピースボートに加盟してみたり諸外国を放浪したりしてましたが、エジプトで観光業者のアルバイトをしてた時、テロ行為に巻き込まれ銃弾の餌食となるところを、たまたま観光客の中にいたショッカーの改造人間に助けられ、そのままショッカーに就職したのでした。ずっとマリバロンの下で働いていましたが、もともと野望を抱いていたのか、マリバロンを追い落とし、今や取締役本部長となっていました。しかし、実は彼もショッカーという集団に不安を抱きつつあったのも、確かです。いったい、何が目的なのか、どうしたいのかがさっぱり掴めず、戦闘員どもの上に立ち威張ってみせてはいましたが、その実、心は迷い続けていました。

ゾル大佐のように金を儲ける事に専念しているほうが、評価できることなのではないかと彼は内心思っていました。ロードマップすら示されていない世界征服計画など、なんの意味も無い事のように思えていたのです。けれども、ファラオを模した金銀の衣装を身に着け、こうしてショッカーの中枢に位置するようになってしまえば、今更、昔日の自分には戻れません。ショッカーを動かしながらも、彼もまた、戦闘員同様ショッカーにしがみついて、生きて行かねばならぬ身であったのです。

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「もはや、後戻りもかないますまい。」

死神博士は、そう言いながらグラスを置きました。

「…わしを狂人と思うか?」

首領は、死神博士に尋ねました。

「首領が狂人であれば、この私も狂人でありましょう。」

「ふふふ、しかし狂人も歳をとったものだな。」

「御意、最近は表にもよう出られない始末です。」

「昔はおもしろかったのう…。」

首領は、遠くを見つめる目をしたまま、グラスを傾けました。丸の内の本社ビルからは、遠く新宿副都心の高層ビルの明かりがちかちか瞬いているのが見えました。夜はすっかり更けきったとはいえ、都会はまたまだ眠りにつくようすはありませんでした。


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