ショッカーの午後

ショッカーの憂鬱 その2 ゾル大佐

まるで飢えた狼だな。

男は、ウィンドウに映ったおのれの姿をそう考えました。不況になったとはいえ、夜の新宿はネオンも明るく、うわついた雰囲気の街にすごく不似合いな気さえしました。やせぎすの男は眼だけをぎらつかせ、周囲を威嚇するかのように通りを歩いていきます。5月もなかばのこの時期、黒い皮のコートは異様で、特徴的な大きな黒い眼帯は、行き交う人の目をひきました。

男の名前は、ゾル大佐。いや、もう大佐という称号が似付かわしいかどうか。かつては株式会社ショッカーの取締役として2000人からの部下を率いていたこともありましたが、今やそのショッカーも崩壊、当局の手から逃れるため、2ヶ月ほど潜伏し、以前の周囲を威圧する雰囲気はすっかり影をひそめていました。

新宿駅西口。こんな夜更けだというのに、人があふれ、活気に満ちています。渦を巻く若者たちは、異様な男の姿に一瞬ギョッとしたように身をひき、男の周囲にだけぽっかりと異質な空間が広がっています。その空間が広がり、男を中心に人々が倒れていくさまを、ゾルは想像しました。それは、つい3ヶ月前の光景です。彼は、ショッカー最大の作戦、サリンゲドンの新宿毒ガス作戦を思い出していました。

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山梨県十二色村の工場。ショッカーは東京丸の内に本社を構えていましたが、実際の活動拠点はこの十二色村の工場にありました。待遇こそ工場長でしたが、ゾルが本社から左遷させられたのは、S弁護士誘拐作戦失敗の責任をとらされてのことでした。けれども、ゾルは本社復帰の執念を燃やし、首領の思いつきでしかない毒ガス作戦の指揮を取りたい一心で、工場にハッパをかけ、改造人間サリンゲドンの完成を急がせていたのです。そして、新しい改造人間の完成を確認するために、本社から首領が来るとの連絡が入ったのは、昨日のことでした。

その日、首領は死神博士を連れ、工場にやってきました。ゾルはいぶかしく思いましたが、死神が同行してきた理由をたずねたりはしませんでした。首領はおきまりの訓示をたれると、とりあえずサリンゲドンの性能を見ようということになって、長野県で実験をすることになりました。梅雨がもうすぐ明けようかという6月下旬、彼らはサリンゲドンをトラックに搭載して、長野をめざしました。ゾルが気に入らないのは、この実験に死神がついてきたことでした。

「死神。どうしてお前がついてくるのだ。」

「わしは、首領に今回の実験を確認してくるよう、言われておるのじゃ。」

首領は、俺を信用してないのか?
そうゾルは思いましたが、死神に自分の弱みを見せるようで、それ以上は話しかけませんでした。

実験は、目標を外してしまいましたが、効果は甚大で、想像以上の結果に首領は大満足のようでした。ゾルは、サリンゲドンの開発製造を担当した自分が、当然毒ガス作戦の指揮をとるものと思っていました。が、本社からの通達は意外なものでした。工場待機を命ずる。たった1行の命令書。差出人の名前は、「毒ガス作戦指揮官 地獄大使」となっていたのです。

地獄大使。かつて政府高官として、エジプト大使館に勤務していたという噂でしたが真偽のほどは定かではありません。どういう手だてを使ったのか、首領に取り入って、つい最近、取締役本部長となった男です。ゾルが手柄をあせり、独断先行してしまった誘拐作戦の失敗を、厳しく糾弾したのが地獄大使でした。なぜ、この男が…。首領の右腕である死神なら、まだ話しはわかる。それなら俺も納得しよう。しかし、地獄大使。なぜだ。

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駅を離れ、舗道を歩いていたゾルは、立ち止まり自分の居場所を確認するかのように、あたりを見回しました。地獄大使…、死神博士…。首を振り、再びゆっくり足を進めます。夜はまだ深まりはじめたばかりで、その闇をよりいっそうきわだてるように、青白い月がかがやいていました。

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結局ゾルは、新宿毒ガス作戦には参加できないまま、十二色村で当日を迎えました。午前11時。テレビが一斉に緊急報道番組になりました。新宿駅構内で異臭騒ぎがあって、直後人々が倒れ始めて、11時の段階で死者5800人、重軽傷者を含めると23000人の大事故があったという内容でした。現場の映像は、生々しく、さながら地獄絵のようです。工場の戦闘員たちは震えながら、テレビを食い入るように見つめていましたが、ひとりゾルはこの作戦のとき自分が現場にいない失望感と怒りで、うつむいたままでした。

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警察とライダー少年隊の捜査はすばやく、事件後10日間で東京丸の内本社に家宅捜索が入りました。ことここに及んで、首領と地獄大使は十二色村の工場に身を潜め、マスコミや警察への対応は、ゾルが受け持つこととなりました。しかし、ついにライダー少年隊は十二色村工場へ捜査の手を延ばし、運命の3月14日、とうとう強制捜査となったのです。仮面ライダーを先頭に、武装した警官、自衛隊が工場内へと流れ込んできます。入口を固めていた戦闘員と小競り合いが始まり、警官の発砲とともに、本格的な戦闘へと発展していきます。でも、戦闘員は次第に蹴散らされ、形勢は明らかにショッカーの不利です。ライダーがゾルのいる工場長室へ飛び込んできたのは午後8時。ゾルはライダーと直接対峙したことは、それまでありませんでしたが、同じ改造人間としてライダーの秘めたる力はひしひしと感ずることができました。

「観念しろ、ゾル大佐。おとなしく首領と地獄大使を引き渡すんだ。」

「ふん、なにを今さら。ライダー、貴様こそ裏切りの代償を思い知れっ。」

二人は瞬時に異形の戦士へと変身すると、相手に突進しました。闘いは、ほんの数秒で決着がつきました。ゾルの狼牙攻撃を左手に受けたまま、ライダーは4階の工場長室の窓からゾルもろとも飛び出し、ライダー逆落としの技に入ったのです。ライダーの赤い眼が一瞬深い哀しみの色を帯びたような気がしましたが、次の瞬間ゾルは地面に叩きつけられていました。ゾルはおのれの頭蓋が砕け、脳漿が飛び散り、肩から背骨が粉砕されていくのを感じました。すでにそこにあるのはさっきまでゾルであったのかもしれませんが、ただの屍と化していく肉塊でした。だけど、心臓だけはまだ鼓動を続けていたのでした。

ゾルであったものの傍らにライダーは立って、深く肩で息を吐きました。その時、遠くで首領発見の声が上がり、ライダーは踵を返すと走り去って行ったのです。

ゾルであった肉塊は青白い月の光を受け、ゆっくりと息づき、その形を取り戻し始めました。ゾルの改造人間としての特徴は、狼の特性でしたが、その最大の力は不死であったのです。のろのろとした動作で、ゾルは立ち上がると、夜の闇に消えて行きました。

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呻きながら歩いていたことに、やっとゾルは気がついて、ガードレールによりかかり、息を整えます。今でも、あの晩のことを思い出すと、恐怖でからだが硬直します。気をしっかりさせるために、首を強く振ると、ゾルはまた歩を進めました。目標は近いようです。彼自身の決着をつけるための。

そして、彼は足を止めました。タチバナモータース。ここだ。彼は深く息を吸い込み、そして、次の行動にうつろうとしたとき、背後の気配に気づきました。

「ゾル大佐。まさか生きていたとはね。」

「ライダー、俺は死なん。貴様を倒すまではなっ。」

ゾルの振り向きざまの狼牙攻撃を、ライダーはやすやすとかわすと、ゾルの頭上を飛び越え、ふたたびゾルの背後に立ちました。

「聞け、ゾル大佐。ショッカーはもう滅んだ。今さら、俺を倒してなんになるんだ。自首したまえ。罪を償うのだ。」

「たわけたことを。くらえっ。」

ゾルはライダーに体当たりします。ライダーは諸手で受けとめ、ゾルを反対に投げ飛ばしました。そして、ゆっくり変身すると空高く舞い上がり、凄い勢いで急降下してきます。

「ライダーキーック!。」

ライダーの両足に凝縮された凄いエネルギーが、衝撃波となって、ゾルの心臓を貫きました。異形のゾルは浅く吐息を漏らすと、次の瞬間粉々に爆発してしまいました。

青白い月の光が、ライダーの背中にビルの影を、いつまでも落としていました。


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