ショッカーの午後

ショッカーの憂鬱 その18 合同捜査本部

然るに、企業にとって派閥というものは、百害あって一利無し、贔屓目に見ても二利か三利くらいしかありません。大概の場合、この派閥間の抗争が役員人事などにおいて、裏取引などを生み、それに対する報復人事があったり、そのまた報復に内情を総会屋あたりに漏らし、企業が窮地に立たされるなどということが往々にしてあるものです。ただ、上に立つ者は、願って派閥を作っているわけでもなく、ごく自然にそういう寄り合いが形成されてしまうのも、集団生活を営む生物としては、当然の成り行きなのかもしれません。上の者が己が出世欲と権勢欲で、更に上を目指そうと思えば、必然的に下の者は、上を押し上げ自らをその空位に到達せしめんとして、あわよくば上から引っ張り上げてもらおうとの魂胆から、ますます派閥に凝り固まっていくようです。こうなると、世渡り上手の者が出世し、真に実力のある者がその居場所を確保することが難しくなってくるものです。企業が順風満帆の時には、それでもたいしたことはありません。なぜなら、多くの企業のその営みは分業化されマニュアル化されているので、無事これ名馬の調子で仕事をこなしている限り、会社が傾いたりはしないからです。しかし、いざ鎌倉となった時、世渡り上手の者ばかりでは、正しい決断を下せないばかりか、保身にまわり、結果企業を滅ぼしてしまうなんてことにもなるようです。

この派閥というもの、その他にも恐ろしい一面を持ちます。派閥の中にあって、その存在を重宝がられているうちはいいのですが、一旦あいつは使えないと烙印を押されれば、たちどころに切り捨てられます。はしごを掛けられて、ぐいぐい登ってるうちはいいですが、登りきったらはしごを外されていたなんてことは、よくある話です。こうなると、もう派閥からは見捨てられ、姥捨山の如き営業所に転勤というような道しか残っていません。要は左遷ですが、経営者たるもの、左遷などとは言いません。どういうわけか、そういう者たちを島流しにする部署は決まっていて、成績の上がらない万年赤字なんて部署が用意されています。そんなところで、そう簡単に成績を残し、本社へ返り咲くなど至難の業でしかないのですが、経営者は決まって言うものです。「ここに新風を吹き込んで欲しい」もちろん、半分いや四半分くらいは、本当にそう思っているのかもしれませんが、真に新風を吹き込んでもらいたいなら、成績トップの人間を送りこんだほうが効果あるはずですから、やはり単なる島流しと思ったほうがいいのでしょう。実際、成績トップの者を送って、底上げを計るよりは、成績トップの人間には現状の金を稼いでもらったほうが、全体では儲かりますから。まあ、なんかの間違いで活躍してくれたら嬉しいな、くらいの気持ちで「新風を…」なんてことを言い渡してるのでしょうが。

さて、ここで問題なのは、その島流しに会った方です。周囲の引き立ての中で、はしごまで掛けてもらって残した成績とはいえ、実績には違い有りません。姥捨山のやる気のない社員とは違うんだ、なんていう変な自負もありますから、経営者の話を真に受けて、勢い改革に走ったりしてしまいがちです。もちろん、それで成功し、返り咲きなんて栄華を甘受できる場合もあるでしょう。然し多くの場合、派閥の中、好条件で仕事をこなしていたが故の成績ですから、環境が変わっても同じに行くとは限りません。暫くすれば元の木阿弥、かえって改革を急いだがために、反発を買い、さらに急降下なんてことにもなってしまうようです。

独断先行と蔑まれ、結果失敗となった弁護士拉致作戦の責任をとらされる形で、名目上は工場のてこ入れでしたが、十二色村工場へ追いやられたゾル大佐は、いずれ本社への復帰を狙って、工場の改革を始めていました。そもそも、株式会社ショッカーの売り上げの多くは、化学プラントの建設と輸入工作機械の販売、アミューズメント及び外食産業でしたが、かつては中核を為していた化学プラントの受注も、バブル期以降格段に減り、その製造部門である十二色村工場は、すっかり会社のお荷物的存在になっていました。そこでゾル大佐は、数年前から参入していたパソコン販売に目をつけ、さらに一歩推し進め、オリジナルブランドのパソコン製造を企てました。十二色村工場にパソコン組立ラインを増設し、販売拠点として新たにショッカー販売を設立、低価格路線を打ちだし、これが時節の風に乗ったのかアップル、NCE、西芝についで国内第4位の月間出荷台数となりました。気を良くしたゾル大佐は、工場内人事を刷新、死神博士の研究所分室を閉鎖し、周辺機器の製造にも乗りだしました。さらにソフトパンクと提携し、当時一番人気だったアップルのiMacを模したパソコン、e-Zeroを発売。これが爆発的に売れ、本家のiMacを凌ぐ売れ行きを見せていました。おかげで、社内でのゾル大佐の評価もうなぎ上りではありましたが、それは表向きの商売だけのこと。肝心の世界征服の方は、数名の改造人間を失い、また成績も芳しくない状況が続いていました。ただ、ゾル大佐にしてみれば、真っ当な商売でここまで成功するなら、先の見えない世界征服なんかより、ずっと会社に貢献しているはずと考えていましたが、取締役会は、そうは思わず、相変わらずの作戦失敗を揶揄されることが多かったのです。そこで汚名返上とばかりに、カニバブラーを使った『海の家』作戦を敢行したのですが、売り上げこそ上がったものの、結局ライダーの妨害に会い、本日開かれた取締役会での評価もばっとしませんでした。そういうわけで、表向きあれだけ成功しながらも、ゾル大佐はまさに失意のどん底といった感を呈していました。

「大佐、首領からお電話です。」

出荷台数のグラフを眺めていた、ゾル大佐は秘書にそう言われ、慌てて受話器を取りました。

「はい、ゾルです。」

「おお、大佐。元気でやってるかね。」

「はい、お陰様で。海の家作戦の事はすいませんでした。」

「いや、なに。取締役連中の言うことなぞ気にせんでもいい。それよりな、以前お前が言ってた、最終兵器な、あれの製造に着手してもらいたいのだ。」

かつて、ゾル大佐が、本社で巾を利かせていたころ、世界征服の切り札として最終兵器を発案したことがありました。その時は、死神博士の猛反対に会い立ち消えとなったものです。

「え、でもあれは…。」

「あの時は、時期尚早として却下したがな、今こそ、あれが必要な時だ。最終兵器完成の暁には貴様の本社復帰も考えておる。頼んだぞ。」

本社復帰…。それは、ゾル大佐が最も望んだものでした。こうして地方工場でいかな売り上げを伸ばしたところで、本社を外れてしまっては、なんの意味もありません。ゾル大佐は、かつて書き上げた計画書を引き出しの奥から引っ張り出しました。そして、それをじっくり眺めると、不敵な笑みを浮かべたのでした。

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「ああっ。」

星野スミレが思わず大声を上げたのも、無理からぬことでありました。鉄格子の中には誰もいなかったのです。房を間違えたかと思い、隣の房を覗いてみましたが、やはりもぬけのからです。

「いったい、どうなってるのっ。」

星野スミレは看守に怒鳴りつけました。怒鳴られた看守も、眼前の光景が信じられないらしく、しどろもどろです。

「こ、この鉄格子はIDカードがなければ、開かないはずです。それに、さっき入ってきた扉以外に出口はありませんから、で、出て行けば自分が気がつかないはずありませんっ。」

「そう言ったって、いないってことは、逃げたってことじゃないのっ。」

星野スミレに怒鳴られながら、看守はIDカードを使い、鉄格子を開けました。ベッドの下を覗いてみましたが、入り込めるようなスペースはありません。当然ですが、壁に穴も空いてはいません。換気口は小さすぎて、人間が入ることは不可能ですし、換気口のガラリを取り外したような痕跡もありません。まるで、狐につままれたようでした。

凶嫁舞信玄がベッドの毛布を剥ぎ取りました。もちろん毛布の下には、誰もおらず、ただ綺麗にたたまれたワンピースと下着と靴が置かれていました。

「おいおい。やっこさん、洋服脱いじまってるぜ。裸で逃げたってのか?よくよく裸が好きなようだな。」

なかば呆れ顔で、凶嫁舞信玄が呟きました。

「と、とにかく、全館に通報。全ての扉をロックしてっ。」

星野スミレが看守に命令しました。看守はあたふたとデスクに駆けていき、セキュリティに連絡しています。

「緊急事態、緊急事態。これは訓練ではありません。14階留置場より容疑者が逃亡しました。これより、全館閉鎖、各扉はロックされます。ロック解除にはIDカードとパスワードが必要です。セキュリティレベル・ワン、IDカードはクラスB以上が必要です。なお、容疑者は女性。衣服は着用しておりません。繰り返します。これは訓練ではありません。」

ほどなく館内放送が流れ、全ての扉が自動的に閉まり、電子ロックがおりました。館内は大騒ぎです。かなりの数の扉があるのに、その全ての開閉にIDカードが必要なのですから。しかも、クラスB以上のIDカードということは、主任以下は扉が開けられませんから現在地に足止め、トイレにさえ入れない騒ぎです。ビルの出入り口には、武装した警備班が監視、IDと指紋の照合をして合致しなければ、ビルから出ることもできません。さらに館内警備班が、各部屋をしらみつぶしに確認していきますので、全館の緊急事態解除までは相当な時間がかかることになります。

「凶嫁舞は、上を当たって。私は下へ行ってみるわ。」

階段の前で、星野スミレが指示しました。エレベータは最寄りの階で全停止しているので、階段以外逃亡方法はないはずです。凶嫁舞信玄は階段の踊り場で上階を見上げましたが、合わせ鏡のように階段は延々と続いています。ぶるるっと首を振ると、気合もろとも走り出しました。

通常、館内では銃を携行することはできません。携行の命令があったときだけ、保管庫から銃を受け取ることができる規則になっています。が、星野スミレは、スカートを捲り上げると、太股の内側に隠した小型のリボルバーを取り出しました。その銃を用心深く構え、階段を降りていきます。13階のフロアーと階段を隔てる扉の前を過ぎ、さらに下へ4、5段降りかけたところで、星野スミレは後ろが気になって戻りました。13階フロアーの扉のキーにIDカードを入れ、ゆっくりと押し開きます。人の気配はありません。13階は階段の前が広いロビーになっていて、そこから長く伸びる廊下の両脇に会議室と応接室が並んでいます。彼女は各部屋を順番に当たっていくことにしました。IDカードを入れ、パスワードを打ち、銃を構えて扉を蹴り開けます。その繰り返しを6回ほど演じ、中ほどの部屋に来た時でした。同じようにIDカードを入れ、パスワードを打っていると、部屋の中から、物音がします。彼女の銃を握る手に力が入りました。扉を思いきり開け、

「動くなっ。」

応接室に飛び込んだ彼女が見たのは、なんと裸で絡み合う男女でした。しかも、男は清野六朗、警視庁捜査1課長です。絡み合う二人は慌てて、脱いだ衣服で腰の部分を隠し、弁解を始めました。

「あ、いや、あの、ほら、ロックかかっちゃって、ほら、私はIDカード持ってないから、あの、部屋から出られなくなっちゃって、で、ほら、ねぇ。」

彼の弁解を全て聞く前に、星野スミレは部屋を飛び出し、力任せに扉を閉めると、その扉に寄りかかり、ほうっと息を吐き出しました。まったく、この非常時に、これだから男ってやつは…。ぶつぶつと呟いていると、どこからかくすりと笑い声が聞こえた気がしました。声の方向に銃を向けましたが誰もいません。背後に人の気配がし、急いで振り向きましたが、やはり誰もいません。絨毯の敷かれた廊下が長く伸びているだけです。その廊下のつきあたり、非常階段の入口が目にとまりました。なんとなく気になって、両手で銃を斜め下に構えたまま、そろりそろりと近づいていきます。すると、突然、彼女の背後で、

「ああ、残念。時間切れだわ。」

と声がしました。驚いて振り向くと、素裸のイオットが立っているではありませんか。

「あ、あなた、何時の間に…。」

「うふふ、さっきからずっとよ。星野刑事、意外に鈍いのねえ。」

言うやいなや、イオットの拳が真正面から星野スミレに迫り、一瞬目の前が真っ白になると、彼女は大の字に廊下に倒れました。

「ごめんねえ、星野刑事、いい夢でも見ててね。」

イオットはそう言いながら、気を失い倒れている星野スミレの制服を脱がしはじめ、下着のところで一旦躊躇しましたが、くすりと笑うと、結局全部剥ぎ取り、変わりに自分の身につけました。イオットの方が身長が少し高かったので、少々きつめでしたが、スカートの位置を直しブラウスの袖をまくって誤魔化します。落ちていた拳銃を拾い、星野スミレと同じように太股のホルスターに収めると、

「じゃあ、またね。」

失神して素裸で大の字にのびている、星野スミレを残し、すっかり婦人警官の格好になったイオットは廊下のつきあたり、非常階段の入口に悠々と向かいました。

さて、賢明な読者ならお気づきでしょうが、イオットはいったいどうやって留置場を脱けだしたのでしょう。彼女は、星野スミレが迎えに来る直前、服を脱ぎ、改造人間カメレオンナとしての特殊能力を使い、姿を消したのでした。この能力、実際には透明になるのではなくて、自らの皮膚を周囲の色に合わせ、あたかも消えているかのように錯覚を起こさせるものです。しかも、持続時間は25分。留置場の中に、星野スミレがはいってきた時には、部屋の隅でじっと動かずに息を殺していました。この時、星野スミレが注意深く部屋をくまなく探れば、イオットに触れることができたはずですし、25分間そのまま待っていたら、再び姿を現わさざるを得ないところだったのです。ところが、星野スミレは慌てて留置場を飛びだしてしまったので気づくことができなかったのです。イオットは、留置場を出ていく星野スミレの背後にぴったりとくっついたまま、各扉を通り抜け、チャンスを伺ううち、13階の廊下で特殊能力の時間切れとなったのでした。

イオットは扉にIDカードを入れました。パスワードは先刻より姿を消している間に、星野スミレの後ろから見ていてしっかり記憶しています。がしゃり。重々しい音とともに、非常階段の扉が開きました。イオットは廊下を振り返り、ぴくりとも動かない星野スミレをちらりと見やり、

「風邪ひかないでねえ。」

そう言い残すと、非常階段を一気に駆け下りていきました。

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公安庁ビルの22階ワンフロアぶち抜きの、大会議室には捜査員が溢れかえっていました。警視庁捜査課、公安庁強行課、それに所轄の捜査員たちです。所轄の連中などは座る席もなく、後の方で立ち見となっていました。公安の捜査員たちは前から5列目あたりまで陣取り、その真ん中へんに凶嫁舞信玄と星野スミレが座っていましたが、星野スミレの周囲から、くすくす笑い声が漏れます。星野スミレは憮然とした表情をしていましたが、左目に大きなアザを作り、擦りむいたのか鼻の頭には絆創膏、額には湿布が貼ってあります。お前ら笑うなよ、と凶嫁舞信玄が周囲を叱りましたが、かえってこそこそ内緒話の渦は二人を中心に広がってしまいました。星野スミレは真っ赤な顔をして、今にも泣きだしそうでしたが、やおらすっくと立ち上がると、

「うるさいッ、静かにしてッ。」

と怒鳴りました。一瞬皆静まりかえったのですが、次の瞬間、大爆笑に変わっていました。星野スミレはますます真っ赤になってしまいます。

その時、課長連中が会議室に入ってきました。立ち上がったまま顔を真っ赤にしている、星野スミレと目があった捜査1課長清野六朗は、片手を顔の前につきだし、拝むような仕草を見せました。広末達之が、でく人形のようにまだ立ったままの星野スミレを見ると、ぷっと吹き出しながら話しかけました。

「なんだ、星野。だいぶご活躍のようだったが、なんか言いたいことでもあるのか。」

「い、いいえ…。」

「よし、じゃ座ってろ。」

星野スミレが慌てて着席すると、黒板に墨書した紙が張りだされました。

『警察庁長官狙撃及び病院襲撃及び容疑者逃亡事件合同捜査本部』

いやはや、やたら長い名前になってしまったものです。警視庁と公安庁で、捜査本部の名称を巡り対立があったので、全部入れましょうということで妥協したためでしたが。

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結局どうなったのかというと、イオットはまんまと逃げおおせてしまいました。

一旦は上階へ登っていった凶嫁舞信玄でしたが、一人で捜索するのも寂しいなと思い直し、3階ほど上がったところで引き返し、下から上がってきた警備班と合流したのが、10階の踊り場でした。そこからワンフロアづつ、確認しながら13階まで来たところで、廊下でのびている星野スミレを発見したのです。星野スミレはあろうことか、素裸で白目をむいて悶絶しています。抱き起こして肩を揺すると、やおら立ち上がり、凶嫁舞信玄に殴りかかろうとしました。警備員が慌てて取り押さえましたが、興奮状態で何事かわめき、警備員の手を振りほどくと、非常階段の方へ走り出し、大声で怒鳴りました。

「容疑者がいたのよ。たぶん、ここから逃げたはずよっ。」

凶嫁舞信玄たちが呆気にとられて見ていると、彼女は、IDカードをポケットから取りだそうとして、ようやくそこで自分が何も身にまとっていないことに気づいたらしく、一瞬変な間があり、きゃあっと叫ぶとうずくまってしまいました。凶嫁舞信玄が近づこうとすると、彼女は金切り声をあげました。

「きゃーッ、なんで、服着てないのよおッ、ちょっと、来ないでよ。皆あっち向いててッ。」

凶嫁舞信玄が後ろ向きでワイシャツを差し出し、警備員の一人にズボンを脱ぐよう命ずると、それも渡しました。彼女は慌てて、ワイシャツを引っかけ、ズボンをはこうとしましたが、気が動転しているので、足がひっかかり前へよろけてしまいました。ちょうどその時、非常階段の扉が開き、警備員が二人飛び込んできました。警備員は、よろけている星野スミレを突き飛ばす形になり、彼女はあっという間もなく、後ろ向きの凶嫁舞信玄らを飛び越し、かわいい尻を剥き出したまま、ふたたび廊下に倒れてしまいました。

「痛たたたた…。」

両手でズボンを握っていたので、頭から倒れた彼女は、しこたま額を廊下に打ちつけ、鼻の頭を思いっきり擦りむいてしまいました。倒れたまま、そおっと首を曲げ後を振り返ります。そこには、口をあんぐりと開けたまま、馬鹿のように突っ立っている凶嫁舞信玄らの顔が並んでいました。星野スミレは、きゃっと両手で顔を覆うと、そのままうつむきました。すると、誰かがぼそっと言いました。

「…頭隠して、尻隠さず…。」

慌てて今度は両手で剥き出しの尻を隠そうとします。

「もう、あっち向いててえッ、ばかあッ。」

星野スミレは泣きだしながら、叫びました。一列になって後を向いた凶嫁舞信玄たちでしたが、次第に笑いが込み上げてきます。誰かが、ぷぷぷっと吹き出し、こらえ切れずに大爆笑となってしまいました。

「もう知らないッ、ばかッ。」

星野スミレは泣きながら、ズボンを押さえ、廊下の反対側、ロビーの方へ走っていってしまいました。

とにかく星野スミレが落ち着くのを待って話を聞くと、この13階を捜索中に、不意にイオットが現われ、捕らえる間もなく気絶させられてしまったということでした。非常階段を登ってきた警備員は、非常階段出口で待機していましたが、上から婦人警官が降りてきて、容疑者を13階で追いつめたというので、急いで登ってきたとのこと。凶嫁舞信玄は、その婦人警官こそ容疑者の変装だ、と慌てて周辺地域に緊急配備をしきましたが、時すでに遅し。デパートのトイレで脱ぎ捨てられた制服が発見され、すでにイオットは非常線を突破した後でした。

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事ここに至って、公安庁 広末達之と警視庁清野六朗は、それまで警視庁中心に組んでいた捜査本部を合同にし、公安庁指揮で捜査を進めることに合意。緊急の合同捜査会議の開催ということになったのでした。

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ところで、氷魚武吉に化けた、戦闘員勝義はどうなったのでしょう。

イオットが留置場から消え、全館緊急配備となったときに、凶嫁舞信玄らにはすっかり忘れ去られ、仕方なく留置場の看守と話し込んでいましたが、緊急配備が解かれた折りにさっさとビルを出てショッカー本社へ戻ろうとすると、運悪く出口で凶嫁舞信玄と出会い、そのまま合同捜査本部まで連れてこられて、不敵にも会議に参加する羽目になっていました。まだ誰も、勝義の変装には気づいてないようでしたが、勝義の心臓は早鐘のように鳴り続けていたのでした。


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