ショッカーの午後

ショッカーの憂鬱 その5 戦闘員

僕たち戦闘員の誇りは、取締役と一緒に作戦行動っていうのに出かけることができるときです。普段は、印刷工場で職工として働いたり、会社の工場の警備についたり、コンビニでアルバイトしたりと、あまり面白くない仕事が続きますので、作戦行動に抜擢されると、仲間は皆うらやましがります。僕たち第18期生が山梨十二色村工場に配属されてから、もう2ヶ月が経ちました。ここの工場で何を作っているのか、さっぱりわかりませんでしたが、冷暖房完備だったので、埼玉支店や千葉支店より、ずっといいよねと、親友の勝義くんとよく話しました。そうそう、親友の勝義くんは、何度か作戦行動に出かけたことがあって、僕は彼がうらやましく、そんな彼と友達なのをちょっぴり誇らしく思っていました。

本社から、新しい取締役が来るというので、作戦行動が近いらしいと、仲間達は期待でわくわくしていました。その日僕たちは、体育館に整列して、新しい取締役に会いました。名前は、キノコモルグさんといいました。キノコモルグさんは、僕たちひとりひとりを吟味して、作戦行動の部下を選んでいきます。だんだん、僕の場所に近づいてきました。僕は精一杯胸を張って立派に見えるよう頑張りましたが、キノコモルグさんは僕を通り過ぎて、後の勝義くんを選びました。僕はがっかりしましたが、勝義くんがまた選ばれたので、ちょっと嬉しくなりました。

「そう、がっかりするなよ。また、今度があるよ。」

勝義くんは、そうなぐさめてくれました。

「いいんだ、勝義くん。帰ってきたら話しを聞かせておくれね。」

+++++

でも、1週間後、いざ出陣というとき、急に勝義くんはお腹が痛くなってしまいました。

「勝義くん、だいじょうぶ?」

「うう、いてててて。そうだ僕の代わりに、作戦行動に行ってくれないか。」

勝義くんの申し出に、僕はびっくりしてしまいました。

「え、なにを言うんだい。」

「だいじょうぶ、隊長さんには、僕が電話しておくから。さあ、行きたまい。」

そう言うと勝義くんは僕の背中を押しました。僕はとっても嬉しくなりました。はじめての作戦行動です。そのときの僕はきっと地面から浮いていたにちがいありません。

僕たちは駐車場に整列しました。総勢25名。隊長さんが全員の装備を点検します。僕たちは、キノコモルグさんの部隊を表わすキノコのマークのアップリケを胸につけてもらいました。僕の順番になって、隊長さんは手元の書類をちらと見ました。

「勝義の代理か、がんばれよ。」

「は、いぃっ。」

僕は、緊張していたので声がひっくりかえってしまい、皆に笑われて、ちょっと恥ずかしかったです。

キノコモルグさんが現れて、隊長さんから、今日の作戦行動について説明がありました。愛宕山に仮面ライダーをおびきだす罠をしかけたので、僕たちは愛宕山中で待ち伏せをするとのことでした。仮面ライダー。本社での入社式のとき会議室にかけてあった写真でしか見たことがありませんが、バッタのお化けみたいで、ちょっとコワイ感じがしました。写真を思い出して、ぶるるっと身震いしたところを、キノコモルグさんに見つかってしまい、もう震えているやつもいるようだが、しっかりついてこいよと茶化されてしまいました。

+++++

工場を出たのは、朝6時でしたが、愛宕山についたのは、夜も深まった午後8時でした。こんなに時間がかかったのは、隊長さんと、キノコモルグさんは自家用車で移動ですが、僕たち戦闘員はどこまでも徒歩だからです。延々14時間も歩いたので、皆へとへとでした。隊長さんとキノコモルグさんは、とっくに着いていて、お茶を飲んでいました。僕たちもお茶にしたかったのですが、現場の準備をすることになりました。駐車場から交代で担いできた、丸太を山の中腹の広場に立てるので、皆でスコップで穴を掘り、5人がかりで、丸太を地面にまっすぐに立てました。

でも、よく見たら少し傾いてました。傾いてる丸太に、キノコモルグさんが連れてきた女の人をていねいに縛りつけていたら、隊長さんが来て、傾いてるからダメだということになりました。隊長さんは、広場の真ん中に最初から生えているまっすぐなスギの木に目をつけました。こっちのほうがいい、ということになりまして、立てた丸太を抜いて、穴を埋めて、スギの木に女の人をていねいに縛りました。持ってきた丸太は、あとでキャンプファイヤーをやるというので、細かく割って、薪にしました。やっと準備完了です。休みなしに働いたので、もうへとへとです。でも、しゃがみこんで休んでいる僕たちを、隊長さんは、引っ張り上げて立たせ、各員を配置につけました。僕は始めてということで、後の方の隊長さんの近くに配置してもらえました。僕はちょっと不安になったので、掛け声の練習を小さい声でしてみました。

「ぃぃっ、ぃぃっ。」

なんだか先輩たちみたいにカッコ良くできませんでした。

+++++

午後10時をまわったころ、バイクの爆音がとどろきました。仮面ライダーがやってきたようです。遠くの方で、キノコモルグさんとやり合う声が聞こえます。

「キノコモルグ、卑怯な真似はやめろ。ルリ子さんを返せ。」

「卑怯者はどっちかな。ショッカーを裏切ったきさまこそ、卑怯者というものだ、くらえっ。」

キノコモルグさんと仮面ライダーの闘いがはじまりました。前衛に配置についていた戦闘員も飛び出して、仮面ライダーに襲いかかります。僕は、心臓がどきどきしてきました。だんだん、こっちへ近づいてきます。僕は岩のかげから、そうっとのぞいてみました。赤い眼をらんらんと輝かせ、大きな銀色の牙をかしゃかしゃ音をたてながら、仮面ライダーはキノコモルグさんを追いつめていました。その形相に僕はすっかり恐ろしくなりました。すきをみて戦闘員たちは仮面ライダーに飛びかかりますが、ばったばったと倒されていきます。あたりは赤く血に染まり、返り血を浴びた仮面ライダーはより恐ろしく感じられました。僕はガタガタ震えが止まりませんでした。隊長さんに行くぞと声をかけられましたが、足がすくんで動けません。僕は隊長さんに、襟首をつかまれて引きずられるように、仮面ライダーの前に立ちました。仮面ライダーはキノコモルグさんにキックを連発し、キノコモルグさんがよろけたところで体を入れ替えてこっちへ向かってきました。僕は、恐怖で一歩も動けなくなっていました。隊長さんが先に、仮面ライダーに飛びかかりました。仮面ライダーは避けもせずに、まっすぐ隊長さんにパンチを入れました。仮面ライダーの拳は、隊長さんの顔面に正確に当たっただけではなく、その頭を吹っ飛ばしてしまいました。赤い血や、なにかが僕の顔にかかりました。隊長さんは頭がなくなったまま、走り続け、崖から落ちてしまいました。僕はただただ恐くて、その場を逃げ出したかったのですが、足がもつれて、前のめりに、仮面ライダーの方へ倒れ込んでしまいました。仮面ライダーの手が水平に、円を描くように、僕の喉元へ入ってくるのがわかりました。

「ライダーチョップ。」

次の瞬間、僕の視界はくるくる上下にまわりました。夜空の黒が見えて、地面の黒が見えて、また夜空の黒が見えて、一瞬、僕の背中が見えた気がしましたが、目の前に泥の地面が迫り、そのまま泥の中に埋もれてしまいました。

+++++

勝義くん。最後にそう言ったような気もしますけど、もう何も覚えていません。

ああ、何かとても心地よい暗やみです。ほんとうに、ほんとうに。


案内


索引


ショッカーの午後について