ショッカーの午後

ショッカーの憂鬱 その17 戦闘員勝義

国道1号線を一路東京へ戻った坂とマロは、池上署の近くの喫茶店で涼を取っていました。横浜の女王からもらった資料を、つぶさに読んでいた坂は、スパゲティを食べていたマロに言いました。

「このミッキーって野郎、なかなか手広い商売してんなあ。」

「貿易商なんでしょ。なんか禁制品でも仕入れてますのん?」

「いや、台湾や韓国からの電子部品がメインみたいだなあ。それと、上海経由で北朝鮮の工芸品ってなってるな、こいつは怪しそうだけど。取引相手は大は大手電機メーカーから個人売買までやってやがる。」

「電子部品って、コンピュータなんかの?」

「パソコン用部品って書いてあるな。一番取引の大きいのは、西芝電機だな、次がショッカー販売ってなってる。…ショッカー販売って、知ってるか、マロ。」

「ええ、秋葉原や大阪日本橋に店を構えてますよ。ドスブイマシンっていうやつを製作販売してるところです。ほら、こないだ出たアップルのiMacそっくりのパソコン出した会社ですよ。」

「ああ、あの偽物か。なんてったっけかな、e-Zeroとかなんとか。」

「それですよ。本社は丸ノ内の株式会社ショッカーって商社です。たしか、年商240億円くらいかな、店頭公開しようかって話しもあるらしいっすよ。」

「マロ、おまえ詳しいな。」

「インターネットじゃ、結構有名なところっすよ。パソコンや部品が安いし、親切丁寧だってんで、人気が出てるんです。」

坂はマロの博識ぶりに目を丸くしましたが、マロはそんな坂に気づかず、ガーリックトーストのお替りを注文していました。

資料によれば、かなりの金額の受注があるにも関わらず、多くは遊興費に費やされ、資金繰りは火の車のようでした。ミッキーが新宿で失踪する直前の取引は、西芝電機に2百万、ショッカー販売に百万、イヌチチ商事に4百万となっています。イヌチチ商事は今回初の取引だったらしく、過去にはスポットでも取引はありません。しかも、西芝電機とショッカー販売は全額振り込まれているのに、イヌチチ商事は半額のみの振込となっています。坂の記者としての勘に、何かがピンと来ました。

「マロ、帝国データバンクでイヌチチ商事って調べてくれ。」

マロはガーリックトーストは口にくわえたまま、鞄からシンクパッドを取りだし、PHSを繋ぐとキーをたたきました。

「えーと、(有)イヌチチ商事、本社は山梨県十二色村、資本金1千万、社長は杜奥扶幹、社員10名、設立は去年ですね。電子部品製造ってなってますよ。」

「主な取引先は?」

「えーと、ショッカー販売がほとんどです。」

イヌチチ商事、におうな。坂は、2杯目のコーヒーをぐびりと飲むと、腕組みをして考え込み、一度、山梨まで行かねばなるまい、そう思いながら、じっと資料を見つめました。

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警視庁捜査1課長 清野六朗は公安庁強行2課長広末達之と廊下の隅で話し込んでいます。

「広末君、被疑者の身柄はいつ渡してもらえるかな。」

「明後日には、引き渡しできると思います。おそらく事件の背後関係までは、白状しないでしょうし、公安としては、送検するつもりはありません。検察にはそちらから、お願いしますよ。」

広末達之としては、あくまで事件の首謀者の一網打尽を望んでいましたし、表立って警視庁を出し抜くような真似はしたくなかったのです。

「それは、助かる。警視庁としての面目も立つしな。ところで、今朝の病院襲撃も例の会社の仕業なのかね。」

「さあ、そいつは、分かりません。とにかく、今のところ、例の会社と密接につながる証拠も上がってないし、法務大臣特命の強行捜査をすることもできません。ようす見ですよ、しばらくは。」

事件になんらかの関連があると思われる被害者MBXを消しに容疑者が現れることは、広末も想像していましたが、まさか猫の襲撃があるとは予想だにしていませんでした。しかも、容疑者自身が例の会社となんの関連も出てこないことには、まさしく様子見するしかなかったのです。ただ、被害者MBXがどんな供述をしてくれるかで大きく変化する可能性はありましたが。

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ドッグファザーのもとに地獄大使から電話があったのは、昼も2時をまわったころでした。

「ドッグファザー、でかしたぞ。あの、黒豹男だったかな、遺族には手当てを多めにしてやれよ。」

いきなりそう言われて、なんのことやら面食らったドッグファザーでしたが、地獄大使の気分が良さそうなのは確かなので、ただおとなしく返事しました。

「しかしなあ、カメレオンナが捕まったのはまずかった。一勝一敗ってとこだな、ドッグファザー。あの女の監視を怠るなよ。」

それだけ言うと、地獄大使は勝手に電話を切りました。ドッグファザーは黒豹男から連絡もないし、いったい何の事かと首をひねっていましたが、はたと思いつき、テレビのスイッチを入れました。テレビは、公安庁からの中継で、先刻開かれた記者会見の模様が映しだされていました。

「今朝3時ごろ、病院を猫の大群と大型の肉食獣が襲うという事件がありました。この事件で、多数の死傷者が出ています。大型の肉食獣はその場で射殺されましたが、何処かで飼育されていたものと見て現在捜査中です。また、死亡した方の中には先日の警察庁長官襲撃事件の目撃者絵夢美詠楠さんも含まれており、事件との関連を調べています。さらに、警視庁は長官襲撃事件の容疑者を逮捕したと発表がありました。容疑者は、無職、有賀イオット、26歳の女性で、事件の背後関係について、もっか事情聴取を繰り返しているそうです。」

ははあ、このことか。ドッグファザーは納得しました。黒豹男め、殺されたか。一応戦闘員MBXの始末はつけたようだが…。しかし、なぜカメレオンナが逮捕されたのか。ま、逮捕されちまったものは、しょうがない。公安庁の監視には戦闘員でも配置させておくか、そう考え、ドッグファザーは部下を呼びつけると、さっさと命令を言い渡しました。

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戦闘員MBXは警察病院に身柄を秘密裏に移され、証人保護プログラムの説明を受けているところでした。

「…では、法廷で同様の証言をしていただけるなら、ここに署名を…。」

「…あ、あのー、よく分からないんですけど、僕は死んだことになっちゃったんですか?」

「公判が始まるまでは、別人として生活していただきます。それまでは、絵夢美詠楠は死亡したことになります。さ、ここに署名を。」

MBXはぎごちない動作で、供述調書と契約書に署名しました。

「はい、これであなたの安全は保証されました。とりあえず、早くよくなるよう養生してください。」

婦人警官が出ていってしまうと、これで本当によかったのか、MBXは不安な気持ちになりましたが、入れ替わりに美人看護婦が入ってくると、そんなことはすっかり忘れてしまったのでした。

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大抵どんな企業でも、もちろん集団になるとそうなのですが、派閥というものが形成されます。己の出世を左右する運命共同体のようなもので、どこの派閥に属しているのかが、社員や集団の構成員の一生を決めてしまうといっても過言ではないでしょう。

株式会社ショッカーでも、それは同じでした。ナンバー2と言うよりは、首領のお目付け役といった感がある、研究部門を統括する死神博士の一派。専務取締役たる死神博士は表立って首領に逆らうような真似はしませんでしたが、かつては総務部長マリバロンを通じて内部監査の名目で、首領の行き過ぎた行動を諌めていたものでした。しかし、娘のようにかわいがっていたマリバロンが失踪してしまうと、社内的には死神博士の派閥は力を失いつつあり、そのマリバロンの後を継ぎ異例の出世で取締役本部長となった地獄大使一派が、今や首領のお気に入りでした。本来なら、マリバロンなき後、総務部長の肩書きが妥当なところだったのですが、ゾル大佐の弁護士拉致事件の失敗もあって、一足飛びに本部長に就任し、総務部長には地獄大使子飼いのドッグファザーを据え、死神博士一派から独立し、新たな派閥として勢力を伸ばしつつありました。そのゾル大佐は、もともと次期常務取締役と目されていましたが、作戦失敗の責任を負わされ、製造部の一工場である山梨十二色村工場の工場長に左遷。

さて、この常務という役職、これはショッカー創立当初には取締役が存在していたのですが、ある事件の後、長らく空席になっておりました。その事件はおいおい語るといたしまして、在籍していた役員というのが、あの仮面ライダーです。裏切り者の役職ということもあって、敬遠されてきたのも事実ですが、ただ、対外的に空席のままでも体面に関わるというので、当時一番の実力者と思われていたゾル大佐が候補として上げられていたのでした。

然るにそのゾル大佐が失脚し、突如白羽の矢がたったのが、地獄大使だったのですが、死神博士の猛烈な反発に会い、結局社外からブラック将軍を招き、常務取締役の権限も財務関係に絞ったものとされました。こうして、現在のショッカー内部は、首領のお気に入りである攻撃的な地獄大使一派と、力を失いつつある保守的な死神博士一派、そして返り咲きを狙う地方社員の人気を集めるゾル大佐、今のところ社内の位置づけがはっきりしないブラック将軍一派の4つに分かれていたのです。

ところで、今回の一連の警察庁長官襲撃作戦ですが、発案者は地獄大使でした。弁護士拉致作戦の失敗により、公安庁の疑いの目がショッカーに向けられつつあり、警察庁に対する牽制の意味と捜査の撹乱を狙っての作戦でしたが、戦闘員MBXが警察に保護されたこと、また、作戦執行者のイオット自身が逮捕されたことで、大きく流れが変わりつつありました。しかし、地獄大使の命により、イオットを監視する任にあたっていた黒豹男根津藤衛を使うことで、MBXを殺害しえたのは不幸中の幸いと取締役会では考えていました。

賢明な読者ならおわかりでしょうが、もちろんMBXが死んだのは表向きのこと、実際には警察に事実関係を供述していますから、この時、株式会社ショッカーは、取締役会が考えているよりも、ずっと危険な状態だったのです。とはいえ、公安庁としてもMBXの証言だけでは、せいぜいショッカーの家宅捜索程度しか執行できず、また、MBXも全てを知っていたわけではありませんから、断片的な情報だけで、ショッカーを壊滅に追い込むことなど到底無理、そこがショッカーにとって救いといえば救いでした。なによりも公安庁としてもショッカーとしても、イオット自身の自白、この一点に全てがかかっていたとも言えるでしょう。

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街のギャングから、死神博士によって救い出された勝義は、博士を頼ってショッカーに入社しましたが、その後も死神博士の庇護のもと、山梨県十二色村工場の研究室分室で働いていました。本社からゾル大佐の異動もあって、工場内人事の刷新があった際、勝義は総務課主任となり、海の家作戦の補佐官として活躍しましたが、ライダーの破壊工作に会い、今は本社総務部に配置されていました。

着任したばかりの勝義は、部長ドッグファザーに呼ばれ、少々緊張していました。

「おお、戦闘員勝義、よくきたな。貴様には重大な使命が課せられた。公安庁内部に潜入して、カメレオンナを監視するのだ。」

「ええっ? どうやって潜入すれば…。」

「ふふふ、その点はぬかりないわ。貴様によく似た警察官を1人拉致しておる。その者と入れ替わり潜入すればよい。」

ドッグファザーはそう言うと、勝義に警官の制服を手渡しました。命令に反抗することは、ほとんどできません。勝義は制服を受け取ると、一礼して部屋を出ていきました。

警察官の格好をして、ビルを出ては怪しまれますので、勝義は私服のまま国電に乗り、新宿駅のトイレで着替えました。制服には名札がついており、それには『氷魚武吉』と書いてありました。制服を着て、制帽を被るとなんだか立派な警察官になった気がします。私服をコインロッカーに入れ、勝義はさっそうと公安庁ビルに向かいました。

ビルの入口でちょっと戸惑いましたが、ポケットを探るとIDカードが出てきて、それを提示して事無きを得ました。とりあえず、カメレオンナがどこに居るのか、それを探らなければなりません。あたりを見回すと、ちょうど喫茶室から出てくる私服の男と制服の婦人警官が目に止まりました。二人は話しながらエレベータホールに向かっています。勝義は後を追いました。

「…それで、パワーブックだめだった?」

「ああ、木っ端微塵だあ。ちぇっ、2400は中古市場でも手に入りにくいんだよ。」

「ごめんね。あ、そうだ。もしよければ、私のイーメイトと交換してもいいわよ。」

「おいおい、冗談じゃないよ。2400とイーメイトじゃ全然違うじゃん。いいよ、いいよ。」

「ごめんねぇ。」

「あ、そうだ、今回の犯人逮捕で金一封出るだろうからさ、そしたらアイブック買ってくれればいいよ、うん、そうしよう。」

二人は後にいる、勝義には目もくれず話し続けています。

「それにしても、彼女自白すると思う?」

「ああ、有賀イオットかい?まあ、手口からしたって一流のヒットマンみたいだし、プロなら、何にも喋らないだろうなぁ。」

「…また、課長が当たり散らしそうねぇ…。」

二人の会話に勝義はピンときました。イオット?たしか、カメレオンナはイオット・コラションって名乗ってたはず。この二人についていけば、ひょっとしたら…。

「あ、星野君、そろそろ時間じゃないのかい。早めに取調室に連れていかないと、課長がうるさいぜ。」

「あら、本当だ。じゃ、一緒に留置場までつきあってくれる?規定は3人で移送しないといけないのよね。」

ちょうど、この時エレベータがやってきて、二人の後に続いて、勝義も乗り込みました。エレベータの中には3人だけです。星野スミレは、勝義を胡散臭そうにじろじろ見ていましたが、勝義に話しかけてきました。

「あなた、所属は?」

勝義はびくっとしましたが、さっきIDカードを見たときに書いてあった部署を答えました。

「ああ、庶務の新人さんね、名前は、えっとなんて読むの?」

あやうく勝義は本名を言いそうになりましたが、ぐっとこらえると

「氷魚武吉。」

と答えました。

「ひお むきち?ひょんきち君ね。よし、ひょんきち君、警部補が命令します。ちょっと私たちにつきあって、容疑者の移送を手伝うこと、お願いします。」

これは、ラッキー。勝義は、とんとん拍子にことが進むので、にっこり笑ってしまいました。

「悪いな、忙しいのによ。まあ、そう時間はかからないから、頼むよ。」

凶嫁舞信玄にそう言われ、勝義は、とんでもないと返事をしました。

エレベータは14階で止まり、3人を吐き出します。星野スミレが先頭に立ち、続いて凶嫁舞信玄、最後は氷魚武吉に化けた勝義がくっついていきます。星野スミレがIDカードを留置場の警備に見せると、最初の扉が開きました。勝義は、そのまま後に続きます。2番目の扉の前で、星野スミレは看守に容疑者の様子を聞きました。食事は全部食べ、今は眠ってるはずです、と看守が話しました。そして、2番目の扉が開き、看守に続いて3人が留置場の中に入ります。ところが、思わぬことに、星野スミレが房の前に立ったとき、彼女は

「ああっ!。」

と大きな声を上げました。


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