Macintosh研究室


1999/7/7 印籠は強いのか?

水戸黄門考察

水戸黄門、好きな番組なんですね、これが。正義のあり方と執行について考えるコトのできる番組です。あの印籠が出てくると、皆がへへ〜っと平身低頭してしまうのはヘンだって意見もありますが、そりはよく番組を見ていないからですね。

番組がいよいよ大詰めに入ります。悪人たちが集まっていて、最後の詰めに入ろうかというとき、いきなり庭に乱入してくる老人。
「なにものじゃっ」
ここで、悪い官僚をたしなめるようなセリフをいいますが、悪人なので聞き入れません。そこで、
「助さん、格さん、こらしめてやりなっしゃい」
と部下に命令します。悪人にしてみれば、たかが数人の町人風情にやられるハズがないので、当然やっつけてやろうと対応します。しかし、この助・格が強い。しかもトビ猿やら破壊力抜群の男も登場して、弱そうな老人がこれまた意外にやり手で、杖で殴られたりして、八兵衛くらいならやっつけられるかと思いきや、お銀が現れたりして、も〜助さんパンチやらキックの雨あられ、ひ〜こりゃたまらんわい、となってきたトコロで、老人。
「助さん、格さん、も〜、いいでしょ〜」
と戦闘終了を告げます。実は戦闘の最中に、たくみに高い方の場所を確保しており、印籠を出したときの効果も考慮しているのですね、これが。

そして、助さん、格さんによる名ゼリフ、
「しずまれぃ、しずまれいっ!」
「ここにおわすお方をどなたと心得るっ」
「先の副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞっ」
「皆のもの、ご老公の御前である」
「頭が高いッ。ひかえおろっ!」
となるワケである。ちなみに、当時副将軍などという役職はない。天下の副将軍てのは、後世がつけた役職だが、ま、気にすまい。さて、悪人は、ここにおいてほぼ観念してしまい、おっとり刀であらわれた家老あたりに、捕まってしまうのである。ところで水戸には銘菓「ひかえおろ」というのがある。食ったコトはないが。

印籠にそんなに威力があるワケがないと、思っているアナタ。その通りです。印籠自体は権力の象徴であって、水戸黄門の行う正義の正当性を裏付けるものでしかありません。ではなぜ悪人がああもやすやすと平身低頭してしまうのか。それは、助さん、格さんの強さにあります。おそらく無敵といっても過言ではないほどの強さ。「こらしめてやりなっしゃい」というのは、最終兵器である助・格の使用を許可する内閣決議みたいなもんです。この決議提出は、野にケモノを放つがごとし。たかが町人とタカをくくっていた悪人は、あまりの強さにオドロキ、形勢不利になりつつあるコトをスグ自覚します。だいたいホントに悪いのは、代官となんとか屋であって、くりだされた武士たちは、コトの次第を知っているワケでもなく、命令されて切りかかっているワケですから、こりゃこっちがヤラレル、ぜったいやばいっすよ〜、と思い始めたトコロで、「も〜いいでしょ〜」と撤収の号令がかかり、「しずまれぃ、しずまれい」と発言があれば、たすかった〜、と思うのが人情でしょう。もちろん、代官やナントカ屋はしずまってほしくないんだけれど、あ〜強くては、サラリーマン武士では無理というもの。と〜ぜん、しずまってしまいます。そこで、自らの正当性を発動し、正義の裁きを実行するワケです。

たかだか数人の水戸黄門たちを、悪人は切ってしまえばいいじゃん、と思うでしょうが、それは不可能なのです。助・格は強すぎるのです。無敵のこの二人を切るコトは不可能なのです。それゆえ、悪人は裁きを受けるしかないのですね。

つまり、正義の執行には権力だけでなく、強烈な拘束力が必要なのだというお話でした。ちゃん、ちゃん♪


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