ショッカーの午後

ショッカーの憂鬱 その8 イオット・コラション

「起きて、坊や。」

朝4時半。MBXは、夕べ小岩で盛り上がり本社に戻ってきたのが午前2時。残っている仕事を片付けようと、デスクについたままいつのまにか眠ってしまっていたようです。寝ぼけ眼をこすりながらMBXが体を起こすと、傍らにイオットが立っていました。イオットは肢体にぴったりフィットした、胸元の大きく開いた黒いワンピースを着ていました。

「また、運転手お願いするわ。」

MBXは飛び起きて、クルマの手配に行きました。本社の玄関に営業車を回して、イオットを待っていると、彼女は自転車を押して現れ、クルマに積むように言うので、MBXは怪訝そうな顔つきのまま、自転車をライトバンのラゲッジに積み込みました。運転席に戻ると、既にイオットは助手席に座っています。彼女が持ってきた茶色い紙袋がカサカサいいました。

「こないだのところへ行ってちょうだい。」

MBXは助手席の彼女の丈の短いスカートから覗く脚に気をとられながら、先日の公園へクルマを走らせました。公園についたのは、5時ちょうど。イオットはあたりをうかがいながら、先日と同じように、マンションの方へ歩いて行きます。MBXは積んできた自転車を降ろし、彼女の後をついていきました。MBXが植え込みの脇に自転車を置いていると、彼女は植え込みに茶色い紙袋を隠しています。いぶかしげに見ているMBXに、イオットはにこっと微笑みかけ、腕時計を外して彼に渡すと、後を向くようにいいました。おとなしくMBXは公園の方を向いて、早朝の人気のない町並みを眺めました。公園にはたくさんの鳥が餌をついばんでいました。背後でファスナーを降ろす音が聞こえ、MBXの足元に黒いワンピースが投げ出されました。驚いて振り向こうとすると、あわてないで坊や、と肩を押さえられました。ハイヒールが投げ出され、これは、サービス、とMBXの頭に彼女の下着が載せられました。

「こっちを向いてもいいわよ。」

そう耳元でささやかれ、MBXは急いで振り向きましたが、誰もいません。きつねにつままれたような気がしましたが、MBXは地面に落ちている彼女の服を拾い上げて丁寧にたたみました。

「おりこうさん、育ちがいいのね。坊やは、もう会社へ戻っていいわ。」

また耳元で彼女の声がします。あたりを何度も見回しましたが。やはり誰もいません。ますます、不思議な気がしましたが、帰るときは電話をくださいと言い残して、MBXはクルマに戻り発車させました。公園の時計は5時20分をさしていました。

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イオット・コラション、またの名を改造人間カメレオンナ。彼女の特殊能力のひとつは、周囲の景色に完ぺきに同調できることでした。彼女は全身の鱗の反射光を3次元で調整し、どの方向から見ても、マンションの壁にしか見えないように体を固定しました。ターゲットがあらわれるまで、あと10分。警察庁にしのびこませた内偵の情報が正しければ、今日は5時半に迎えのクルマが来るはずでした。彼女は手順を頭の中で反芻しました。目標を倒して、現場を立ち去るまで、6分、用意しておいたアパートまで自転車で4分。カメレオンナとしての能力を、フルに使う化身能力の持続時間は最大で25分間。それでも彼女の変身が解けるまで、あと5分のマージンが残ります。なんとかなりそうね。彼女は納得し、マンションの車寄せの方を注意深く監視しました。夏の5時半近くともなると、散歩やジョギングをする人が時折姿を見せます。なり〜んと奇妙な言葉を発しながら、公園のまわりをくるくるとジョギングする体格のよい男がいました。早朝とはいえ、夏のこと、いくぶん暑くなりかけているのに、ウィンドブレーカーのファスナーをきっちり閉めている男が、イオットは、ちよっと気にかかりましたが、クルマの近づいてくる音がして、男のことは頭の中から消えていきました。

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5時30分。予定通り、警察庁長官送迎のクルマはマンションの車寄せに横付けされました。黒塗りのベンツが2台。前方のクルマに運転手とSPが2人。後方にSPが2人。計5人の通常警護です。中の1人が携帯電話で、到着を連絡します。3分ほどで、長官が降りてくるはずでした。イオットはマンションの壁から身をはがすと、ゆっくり植え込みに近づいていきました。ここからだと、クルマを正面にはっきり確認することができました。隠しておいた紙袋から、拳銃を取り出します。弾丸は6発。追手をさけるため、1人も撃ち逃すことはできません。そのまま10分経過しましたが、まだ長官は姿を見せません。彼女は少々あせりはじめました。逃走時間のマージンがなくなったわ。なにをもたついてるのよ、さっさと降りてきなさい。苛々しはじめたとき、SPが全員クルマを降ります。2人がマンションの玄関に向かい、残り2人が周囲の警戒をはじめました。彼女の植え込みからは玄関が見えませんが、どうやら長官が出てくるようです。SPの1人が彼女の近くまで来ましたが、もちろん彼女の姿は見えるはずがありません。そのままUターンしてクルマに戻っていきました。彼女は拳銃の撃鉄を起こし引き金に指をかけました。ところが、なかなか玄関から出てくるようすがありません。すでに時間は5時45分、変身のタイムリミットです。イオットは緊張とあせりで、乳首が固く隆起してくるのを感じました。ようやく視界に長官と2人のSPが入りました。彼女はすばやく立ち上がると、拳銃を発射しました。パン、パン、パンッ。短いはじけるような音が3発。驚いた鳥たちが公園から一斉に飛び立ちます。長官と2人のSPはくずれるように倒れ、ぴくりとも動きません。マンション前庭の石畳に赤い血の海が広がっていきます。一瞬なにが起きたのか理解できなかった後方援護のSPが我を取り戻し、あわてて長官に走り寄って行きます。パン、パンッ。再度銃声が響き渡ります。走っていた2人のSPは、もんどりうって倒れました。目の前の光景が信じられず、運転手が呆けたように、クルマから姿を見せました。そして、彼は植え込みの方にゆっくり顔を向け、次の瞬間驚きの表情に変わりました。運転手が最後に見た光景は、素裸の女が彼めがけて銃弾を発射するところでした。パンッ。6発目の銃声が響き渡りました。街はようやく目覚め、そろそろ朝の喧騒がはじまろうかという時間でした。

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マンションの前庭には、イオット以外動くものはいません。彼女は傍らに停めてあった自転車のカゴに拳銃を放り込むと、急いでペダルを漕ぎ始め、下町の路地に入り込み、猛スピードで走り抜けていきました。すでに変身が解けて、イオットは人間の姿に戻っています。銃声になにごとかと出てきた下町の住人が、素裸で自転車を漕ぐ彼女の姿に驚き、あわてて家の中に引っ込んでいきます。

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ずだぁ〜んっ。

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その時、銃声が鳴り響き、銃弾が彼女の短い金髪をかすめていきました。

「止まるなり〜ん。」

おかしな言葉使いで呼び止めるものがいました。

「私は、ICPOアジアのイェロツォンなり〜ん。今度は心臓を撃ち抜くなりよ〜。」

イオットは自転車を止め、振り返りました。彼女の後方数十メートルのところに、体格の良い金髪の男が、大型の拳銃を右手に構え、左手には身分証明書をかざしながら立っています。先刻公園のまわりをジョギングしていた男でした。

「そうそう。おとなしくしていれば、撃たないなりよ〜。さっさと逮捕されるなり〜ん。」

そう言いながら、イェロツォンと名乗った男は、イオットに近づいてきます。万事休すか。イオットは微動だにしませんでした。

「うぇ〜い、朝から騒々しいなあ、どこのどいつだい。」

不意に路地の床屋の店先から口ひげをたくわえた中年の男が出てきました。中年の男はイェロツォンにぶつかり、彼はちょっとよろめきました。この時をのがさずイオットは間髪いれず自転車のペダルを思いきり踏み込みました。

「あ、逃げたらいけないなり〜。撃つなり〜ん。」

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ずだあぁぁんっ。

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すごい衝撃がありました。撃たれたっ。彼女は一瞬身を固くし、自転車ごと転倒しました。でも、痛みはありません。まだ心臓も動いているようです。あれっ、はずれたの? 彼女はあわてて起き上がりました。いったいなにがあったの? 倒れた自転車のわきに、血だまりが広がっています。混乱しながら、もう一度目を凝らすと、ひとりの男が足元に倒れていました。

「坊やっ。」

倒れていたのは戦闘員MBXでした。

「どうして、ここへ。」

MBXは胸を射ぬかれ虫の息です。口から血の泡を吹き出し、苦しそうに息を搾り出しながら、彼女に答えました。

「……いや……あの……てへへ……。」

MBXは笑みをうかべていましたが、その目は宙をうつろい、彼の視線がイオットの盛り上がったふたつの乳房にようやく焦点を結び、くびれたウェストにみにくく残る傷跡を発見し、そのまま股間へと視線を移したとき、彼はおおきく痙攣し、やがて動かなくなりました。その表情は苦悶のものとも、愉悦のものとも区別がつかないけれど、満足そうな表情ではありました。

「しまったなり〜ん。一般人を撃ってしまったなり〜〜。」

イェロツォンの声に、正気を取り戻したイオットは倒れていた自転車を起こし、飛び乗ると、ものすごい勢いで走り出しました。

「あ、こら、待つなりよ〜。え〜と、いやいや、その前に救急車なり〜ん。おぉい、おぉい、誰か来てくれなり〜。」

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イオットは前もって手配しておいたアパートの玄関に自転車ごとつっこむと、階段を息もつかず一気に駆け上がり、ドアのカギを開ける動作ももどかしく、部屋の中になだれこむように、ころがりこみました。4畳半の狭い部屋の真ん中に座り込み、しばらく動きませんでしたが、やがて、のろのろと立ち上がり、傍らの段ボール箱から下着を取りだすと、身に付けました。洗面所に行き、蛇口をひねると、蛇口から直接水をがぶがぶと飲みました。そしてまた、のろのろと部屋に戻り、床に寝転がると、そのまま眠りに落ちていきました。


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索引


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